文字情報基盤の民間移行

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 氏名、法人名、土地等を表記するのに、一般のコンピュータでは扱うことが難しい外字を用いることがありますが、それにより、行政システムの相互運用性が損なわれるのはもちろんのこと、開発や運営のコストが上がり、更には、民間との情報交換においても多くの問題が生じてきました。情報システムの基本である文字およびそのコードにおいて相互運用が担保されていないのは日本だけでしたが、2011年から進めてきたコンピュータ上の文字の統一プロジェクトである文字情報基盤事業が完了し、健全なIT活用が促進される基盤が整いました。日本の情報システム環境の整備において、文字情報基盤整備事業の果たした役割は非常に大きいと評価されています。

 文字情報基盤は、基盤整備の段階からより活用拡大フェーズに移行してきています。そこで、独立行政法人 情報処理推進機構(IPA)を中核に内閣官房IT総合戦略室と経済産業省がIT戦略の一環で推進してきましたが、この度、文字情報基盤の実務を担ってきたIPAから一般社団法人 文字情報技術促進協議会へと民間移行が行われました。サービス継続を前提とした信託譲渡です。この民間移行により、国内に残る文字および文字コードの問題が機動的に検討され解消されることが期待されています。


文字をめぐる現状

 社会全体を見たときには、銀行を始めとした様々な民間における活動がインターネット、特にスマートフォンを通じて行われるようになってきています。つまり日常生活においては、スマートフォンや市販パソコンで使える範囲の文字で社会活動は行われています。いわゆるJISの第4水準までの世界です。この範囲外の文字を戸籍に持つ人も、銀行等の日常的な手続きには代替した文字を使っている人が多いです。

 そして、個別特別な文字を重視する場面は、儀礼的行事、宗教的行事が中心になっています。入学式や卒業式のある教育機関、冠婚葬祭関連、贈答品等の業界では範囲外の文字が使われることも多いですが、その場合は筆耕で手書きすることも多く、コンピュータの文字の問題は少ないです。


 一方、行政手続きになると、正式な手続きということで、氏名等の表記を一般のパソコンでは表示できない戸籍に登録してある文字で表記してほしいという人がいます。また、土地に関しても特別な文字を使いたいという要望があります。なかには、戸籍で用いられている正式な文字でなければならないと思い、あえて特別な文字にこだわる人もいます。

 要するに、氏名も土地も、歴史や文化に基づいて引き継いできたものなので、扱いが難しいのです。社会活動をするときの効率性と文化の両方の観点から考えていく必要があります。


今までに整備できているもの

 これまでもIPAで文字情報のデータベースや縮退情報等が提供されてきていますが、何を区切りとして民間移行するのかというところには興味があると思います。

 ここで、文字情報基盤で実現したことを整理してみましょう。

  • 国際標準化の完了
  • 戸籍統一文字、住民基本台帳ネットワーク統一文字とのマッピング
  • 文字情報基盤(国際標準)範囲外の登記統一文字の縮退
  • 文字情報基盤フルセットの6万文字からJIS第4水準の1万文字への縮退マップ
  • 戸籍副本システムでの採用
  • 住民基本情報システム標準仕様案での採用
  • 法人名への代替文字の導入

があります。また、少し方式は違いますが、マイナンバー制度導入と同時に、個人名も通知カードやマイナンバーカードの券面入力補助アプリで代替文字が導入されています。つまりは、文字情報基盤により、戸籍、住民基本台帳、商業登記、不動産登記などすべての文字を表現できるとともに、一般のスマートフォンや市販のコンピュータで扱えるJIS第4水準をシームレスにつなぎ、データ連携させる環境が揃いました。


 また、2019年6月に制定されたデジタル手続法では、一般のスマートフォンや市販のコンピュータを行政手続きの前提とすることとしています。実質的に文字情報基盤のフレームワークの中でほぼ全ての社会活動ができる環境が実現される目処が立ちました。


もし、文字情報基盤整備事業がなかったらどうなっていたのでしょうか

 文字情報基盤の推進の途中で、総務省により外字の調査事業が行われました。その結果、各自治体が持っていた外字の量は約100万文字にのぼることがわかりました。一般の人が誰でも読める常用漢字が2100文字程度、漢字検定一級で6000文字、JIS第4水準で1万文字なのに、その100倍の文字が使われていたのです。癖字や誤字など様々な文字が含まれていました。その多くの文字は画像のイメージファイルで管理されていたため、システム間の連携はできないし、このデジタル化の時代にそのままであったら大変なことになっていたと考えられます。

 事業開始時の投資対効果の試算が、1億円の投資により国内全体で年間32億円の削減という試算でしたが、情報流通が広がっている現在の社会状況を見るとこの事業全体で数百億円の効果を上げていると言っても過言ではありません。


基盤が完成したので民間移行するのですか

 まだ実施中の事業もあり、自治体への普及も10%程度の中で民間移行するのですかという意見はあります。しかし、既に政府内の各事業は着手されており、徐々に進展していくものと考えられます。更に、もっと発展していくためにはゴシック体も作りたいとか、実装の仕組みであるIVSを推進するとか民間が機動的に行ったほうが良い面もあります。

 ベンダーの中には、まだ積極的に取り組んでもらえないところもありますが、既にレールは敷かれていて走り始めていますので、普及への流れは時間が解決してくれるのではないでしょうか。そういう点で、民間の創意工夫の中で発展し加速していくことが期待されています。


民間移行で大丈夫ですか

 社会の基盤を民間に任せて大丈夫なのかという意見はあります。また、行政機関によっては、文字情報基盤のデータベースを日々の業務の中で使っているがサービスは継続されるのかという不安を持つ人もいると思います。民間移行してもこれまでのサービスは基本的に無償で維持されます。そのために信託譲渡という方式をとっています。また、協議会と国の意見交換の場も設定しようと検討しているところです。


では、政府は今後何をするのでしょうか

 文字に関する技術的な取り組みは民間に委ね、政府はこれまで通り、政府内や自治体への普及を図っていきます。

 今、政府内には、推進のための2つの大きな流れがあります。1つはヨミガナを含んだ文字環境全体への取り組み、もう一つはワンスオンリーやベースレジストリと言われる社会の基盤サービスや情報を整理していく取り組みです。


 1つ目の文字環境については、「文字環境導入実践ガイドブック」を2019年3月に公表しています。ここで、氏名、法人、地名に関する文字(漢字、カナ、英字)をどのように行政業務の中で使っていくかを解説しています。カナ、英字を対象にしているのは、グローバル化が急速に進展し、行政業務の中でも氏名や法人名、地名を英字で記述する機会が増えているからです。日本の制度はこのような社会のグローバル化のはるか前に作られているため、ヨミガナや英字の扱いがきちんと定義されていません。そうした現状を踏まえ、文字情報基盤とともに使われるヨミガナや英字に関する議論を進めています。


 また、前述のようにデジタル手続法の制定によりワンスオンリー、ワンストップが進められ、それを支えるベースレジストリの議論が進んでいます。ワンスオンリーは、行政機関に一度出した情報は2度提出させないという仕組みです。ワンストップは一つの窓口で出したデータが各行政機関に転送されて処理される仕組みです。両方とも行政機関を超えて様々な情報が参照され、連携する事が前提になります。このとき、各行政システムが持っている文字のコードや範囲が異なると、その変換やエラー処理が発生することになります。それを防ぐためにも、文字情報基盤を正しく実装していくことが重要になります。

 文字情報基盤と言うと6万文字のフルセットの文字を使うと勘違いされる人がいますが、前述したようにフルセットの文字を求められる機会は多くありません。文字が多いことは表現が多様になるというメリットはありますが、正しい文字を探すのが困難な文字もありますし、簡易表記や誤記も出てくるので現実的ではありません。目的に応じて文字範囲をきちんと選ぶという考え方を浸透させていくことが政府の役割になります。


10年間の大プロジェクトが成功した要因は何でしょう

 1997年に問題として明確化されてから2010年まで10年以上突破できなかった問題が、なぜこの10年で突破できたのでしょうか。

 いちばん重要なのは強い目的意識です。プロジェクト開始時だけでなくプロジェクト中も反対する人はいました。でも、「これを突破しなければ、日本の情報処理の基盤が作れない」という強くてぶれない意志が重要だったと思います。


 推進にあたって反対する力をうまく使っているのもポイントです。検討の初期から反対する人に幅広く入ってもらい、反対理由を一つずつ潰してくことで、やらない理由を無くすとともに合意形成を図っていきました。また、範囲を絞って課題を単純化するとともに反対する人たちの反対テーマを絞り込んだことも重要です。まずは氏名文字を対象にして、その後、登記やヨミガナ、英字に展開するように、コアを作ってから周辺に展開する流れです。

 体制も重要です。政府の職員は約2年で異動してしまいますが、CIO補佐官は異動がありません。このような長期の大規模プロジェクトはプロジェクトオーナーを決めてじっくり行うことが重要になります。


今後に向けて

 新型コロナウイルス感染症を受け、行政の情報システムが、国民が安心して簡単に利用する視点で十分に構築されていなかったという批判も出ています。しかし、文字情報基盤だけではなく、このノウハウをもとにした共通語彙基盤など、基盤作りは着実に進められています。デジタル社会を豊かなものにするため、競争力のある社会にするためにも今後も課題解決に取り組んでいきたいと考えています。

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